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世紀末救世主伝説・北斗の拳外伝-氷の女王 <版権オリジナルシナリオ>
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 以前、ハリウッド映画シナリオのリライト(シナリオの修正)手法について書かれた本を読んだことがありました。著者はプロのリライターで、どういう観点で不完全なシナリオを破壊することなく修正するかについて書かれていました。読んだときにはあまりその内容について理解できなかったのですが、今では何となく分かる気がしています。
 あるシナリオが映像作品なり何なりにたどり着くまでに、出資者、監督、プロデューサー、配給者、その他有象無象がその場その場でひらめいたアイデアを、そのアイデアがその作品をより高めるかどうかという吟味を経ず、無邪気なレベルで組み込もうとするためにそのシナリオが本来目指していた面白みがどんどん曖昧になって結局何がやりたかったのか分からなくなってしまう……そういうプロセスを経て訳分らん作品は製造されるのかな〜と想像しています。
 それはさておき、ルパン、電王とリライトが続きましたがこの辺でオリジナルシナリオをお届けします。(笑

 超人的ヒーロー話は伝統的な分野です。その中でもヒーローは様々なタイプがありますね。圧倒的パワー型ヒーロー、人間臭い奴、極平凡な人格設定etc……どれもその設定をうまく生かすシナリオ&演出方針であれば楽しめます。
 『北斗の拳』はこれまで何度も映像化されました。その度に主人公・ケンシロウの超人性を描出されていますが、そのパターンは“非常に強い敵を出してそれをケンシロウが倒す”というものが主流になります。最後の敵を倒すところまでのプロセスを自然にするために様々なアイデアを盛り込むのですが、どうも“強さ”というものの捉え方が通り一遍で真実味が薄いように感じます。
 強さというものは弱者がいて初めて成立するものですから、弱者を説得力十分に描くことが大切です。
 また同時になぜ弱いのか、どうやって強くなるのか、に説得力が無ければならないのではないでしょうか?

 それはもう作り手自身が人の強さ弱さをどう捉えているのか、人間関係をどう大切に生きているのか、がそのまま表れることでもあるんじゃないのかな〜、と感じます。人間としてありえないことをドラマにしても観客の共感や感動は得られない訳ですからね。


※ このシナリオは北斗の拳本編ストーリー中の“ケンシロウがサウザーを倒して”から“ラオウとトキが対決する”までの間に挿入されるオリジナル外伝的ストーリーです。






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